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モクレンの実二千個、カタツムリの殻五百個を集めた 今年の五月には、木の実を使った作品の個展を開いている。手漉きの和紙を使った百五十号ほどの作品も三点制作した。それには伊豆に滞在している間に集めたモクレンの実二千個、山桜の実数千個、3年かけて集めたカタツムリの殻五百個などがコラージュされている。「ここではいろいろな材料が手に入ります。コナラ、クヌギ、エゴノキ、カゴノキ、マツボックリ、タイザンボクなど、それらをくっつけて、作品にしていく仕事というのは、ただ愉しいだけじゃなくて、僕がかいくぐってきた植物や小動物たちの地獄とか怒りや悲しみの表現。そういうやらなければいけない仕事をやらさせてもらっているんですね」。田島さんは、ただ材料として木の実を面白半分に使っているのではないと強調する。それは木の生命を考えることであり、森全体の生態系を考え、ひいては地球環境の問題につながっていくと熱っぽく語る。「形の面白さというのもあるんですけど、やたらと拾っちゃいけない木の実もあるわけです。ドングリはタヌキやリスなど小動物のエサですから、とってはいけない。草の実にしても木の実にしてもどういう小鳥や動物たちのエサになっているのか、見極めながら拾わなければならない。人間も生態系の中で生活しているという自覚をもつ必要があります」
新しい画風作りに挑戦 田島さんの絵本作家としての受賞歴は華やかそのもの。二十歳の時に『全国観光ポスターコンクール』で特別賞と金賞を受賞。「無名の学生でしたから、有力候補を抑えてすごいことだったと思います。自信満々でした」。二十七歳の時に作った絵本『ちからたろう』(世界絵本原画展金のりんご賞を受賞)が爆発的に売れて世の中に認められた。
「お金も入るようになったんですけど、その時に考えたのが、それまでの画風を捨てるべきだということでした。いちおう絵本作家として成功したわけですから、それで一生食えますよね。だけど僕はそれを徹底的に捨てて、また新しい画風の『ふきまんぷく』を作って、講談社出版文化賞をもらいました。それから『やぎのしずか』がすごく売れて、それがまた売れたことで自分はこれじゃダメだと思って、次の画風にいったわけです。やっと新しい画風を作って発表したわけですけど、とにかくそれは絵本といえるようなものじゃないって、世間からごーごーと非難されました」。次々と自分で作った画風を壊してまた新しい画風に挑戦し続け、「いつも挑戦し続けているので血みどろですよ」と振り返る。
六十一歳とは思えぬ少年の面影 そして今、自分がたどり着いた地平を淡々と話してくれた。「若い時には、一つの作品を作ったり発表したりする時に、こうすれば認められるとか、こうすれば世間はどう反応するだろうかとかいったことがすごく気になったんですけど、今はそんなことはどうでもよくなりました。自分はとにかくこういうのを作りたいという気持ちの方が大きい。幼少時代からずっと続いてきた植物との係わりが、今の時点にたどり着いたんだなという、感動にも近い運命的なものを感じています」。実は田島さんをインタビューするのは、これで三回目である。相変わらず日本各地で開催されている個展や講演会、原稿の執筆、絵本制作と病気の体にムチ打つ忙しさである。そしていつも気取らずに思い切ったことを歯に衣着せずして発言する。六十一歳とは思えぬほど初々しい少年の面影を残し、頑固一徹の姿勢を貫いている。「まだまだやりたいことが沢山あるのに、最近は疲れやすくなって・・・」とふと洩らした一言が、とても心に引っかかった。
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